世界初! 8K映像を活用した遠隔医療指導
一般財団法人 NHK財団
技術事業本部システム技術部
東京都世田谷区砧1-10-11
https://www.nhk-fdn.or.jp/
プロジェクトの概要
2024年5月8~9日、世界で初めて8K映像を活用した遠隔指導による腹腔鏡手術の臨床試験が成功しました。今回は、本プロジェクトの担当者である一般財団法人 NHK財団の金次保明氏に詳しくお聞きしました。
NHKの技術を社会へ還元するための活動
ーーまず「一般財団法人 NHK財団」は、どのような活動を行っているのですか?
金次氏 私たちNHK財団はNHK(日本放送協会)の関連団体となります。一般財団法人ですから、広く社会貢献活動を行うことが主な目的です。もともとNHKの中には「放送技術研究所」というものがあり、そこではさまざまな放送技術の研究や開発が行われてきました。それらの研究成果を放送以外の分野に応用し、還元していくことがNHK財団の活動の一つとなります。NHK本体が放送以外の分野で個別メーカーに無償で技術提供するのは制度上、難しい面がありますので、一旦NHK財団がそれらの技術の提供を受けて、NHK財団独自に、あるいは個々のメーカーと協力しながら、社会貢献できる技術の確立を目指しています。その昔であればハイビジョンや通信関係の開発を行ってきた実績がありますが、今回の取り組みでは8K映像の技術を世の中に還元することを目的としています。
ーー今回の「8K映像を活用した遠隔指導による腹腔鏡手術の臨床試験」ですが、どのような経緯で、この実証実験を行うことになったのでしょうか?
金次氏 まず、8Kの特徴は簡単に言えば「画素数が多く、大画面で、広い画角で見ることができる」というものです。そのような特徴を持つ中で、国立がん研究センターの大腸がんの先生とお話する機会があり、「大腸がん手術において8K技術を使えないか?」という話になりました。大腸がんは日本人の癌でも多い症例で、手術方法としては一般的に開腹手術と腹腔鏡手術の2種類があります。昨今では、開腹手術よりも、患者さんへの負担が少なく術後の回復も早いということで腹腔鏡手術のほうがニーズが高くなっています。腹腔鏡手術は、お腹の中に腹腔鏡を入れて画像を見ながら手術するのですが、その映像は現在ほぼ2Kとなっており、これを8Kで実現しようと始まったのが、本プロジェクトです。
プロジェクトは2015~2016年頃からスタートして、当初は放送用の8Kカメラを使っていたりして、重量が2Kgほどありました。それをどんどんと改良していき、現在は3代目となり210gまでサイズダウンして、現状の内視鏡カメラとほぼ同サイズとなっています。カメラ開発に関しては、私たちNHK財団からメーカーさんに対してアイデアを出して、それを実際に形にしてもらっています。
2Kと8K映像の画面を見比べてもらえればわかりますが、かなり高精細で毛細血管や神経などもはっきりと見えるようになったので、誤って切ったりするリスクも減っていきます。また画角が広く、広視野の映像なので、従来であれば見えないようなところで出血があったとしても気づけるようになりました。さらにカメラ自体はほぼ固定で、電子ズームで寄ったり引いたりが容易にできることで、カメラを操作する外科の先生がいらなくなると考えています。実際に、2021年に行った臨床試験では、患者さんの出血量が従来よりも少なかったという臨床結果も出ています。
それらの技術を遠隔指導という形で利用してみようというのが、今回の実証実験プロジェクトです。
8K映像技術の活用による医療格差を無くす取り組み
ーー今回の実証実験は、具体的にどのような形で実施されましたか?
金次氏 今回は、東京と大阪を8K映像でつないだ遠隔指導という形で実施しました。通常、手術経験の少ない若手医師にベテラン医師が指導する際は、手術現場のすぐ横のモニターを確認しながら、アドバイスや説明を行っています。それを今回は東京での手術を、大阪にいるベテラン医師が8K映像で確認しながら、遠隔指導する形で行い、これが世界初の臨床試験でした。
遠隔指導とした意味は、医師の数や医療レベルが大都市へ集中する傾向があるので、そうした医療の一極集中を緩和して、都市でも地方でも同レベルの医療が受けられるようになればという思いと、地域の病院の手助けになればという考えです。
これが大阪の実証実験現場の写真です。左側のモニターが東京の手術室の様子で、右側にある8Kモニターに映し出された腹腔鏡の映像を見ながら、指導医が東京の執刀医にアドバイスを送っています。また、指導に用いる8Kアノテーション装置(指導内容を8Kモニター上にタッチペンで描画する装置)も、私たちが開発しました。
ーー実証実験で、難しかったことや気をつけた点はありましたか?
金次氏 実際の患者さんに行う臨床実験ということで、機器の安全性テストや通信の安定性確認など、病院の倫理委員会のハードルは高かったですが、安全性の確保も含めて、乗り越えることができました。また、遠隔伝送では遅延の問題があるのですが、伝送装置などの改良を行うことで、ほぼ問題なく、手術室の医師と指導医は隣にいるような感覚で普通に会話できました。
ネットワーク回線においても、かなりのバックアップ体制を取って、3回線用意しました。本線として、帯域が確保された閉域網の専用線を準備した他に、予備として2回線も用意して、それぞれの回線においても私たちが実際に実験を行って、長時間のテストも実施した上で、本番に臨んでいます。
ーー現状の2Kから、一気に8Kとした真意は?
金次氏 2Kのハイビジョンが開発されてから30~40年くらいになりますが、NHKも2Kの次のステップとして8Kの開発に取り組みました。私たちも2K、4K、8Kっていうストーリーもありましたが、もっと先の将来を見据えて、一気に8Kにしてしまおう、という感覚ですね。それに、何と言っても国立がん研究センターの先生が、8K映像の実物感の高さを高く評価していただいているということですね。
ローカル5Gで、より手軽な遠隔手術指導の実現を目指す
ーー今後は、どのような展開を予定されていますか?
金次氏 今回の実証実験では、有線ネットワークにて実施しましたが、2024年11~12月くらいにはローカル5Gを使った実験を予定しています。
病院などの医療施設にローカル5Gが普及するれば、手軽に遠隔手術指導の利用が可能です。これが実現できれば、指導する医師の場所を選ばずに遠隔サポートするということも、可能になると考えています。
ーーこれからの課題は、どのようなことですか?
金次氏 まだすぐに実用化というのは難しいところです。中でもネックとなるのが、私たちは医療機器メーカーではないので、医療認定を受けられる製品を作れないというハードルがあります。実用化にあたっては医療機器を扱っているメーカーさんと一緒に開発を進めさせていただいて、技術協力という形でNHK財団が携わるというイメージを持っています。もし、このような技術に興味をお持ちのメーカーさんがいらっしゃれば、ぜひご連絡いただきたいですね。
一般財団法人 NHK財団 技術事業本部システム技術部
東京都世田谷区砧1-10-11
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